ジャズのようなセッション?

共同生活していたころの話です。
昼夜無く、思いついたときに創作するために共同生活をし始めたんですが、
(当時はまだスカイプが存在しなかったんです。電話やチャットではタイムラグが
あって、なかなかアイディアが発展しないのがお互いの悩みだったんですね)
制作はおもむろに始まります。ふすまを一枚開けるとお互いの部屋だったので、
どちらかが開けて始まることもあれば、台所へ行ったり、トイレへ行ったりの時に
「あの、○○○(作品のタイトルやキャラクター)なんだけど~」 と、始まるんです。

先輩はイス、僕は立って壁に寄り掛かりながら、が一番多かったスタイルですね。
お題も時間もほとんど決めたことはありませんでした。とにかく、お互いがしゃべったことに
連想したことを乗せていく。漫才のフリートークですよ。これでどんどんしゃべる。
長いときは夜から始めて朝方になったり、朝から始めて夕方になったり。
立ちっぱなしで疲れてくると、畳に座ってずーっとしゃべっていました。

その時代の作品の柱に、剣と魔法のファンタジーものがあったんですが、
世界から名前から、キャラクターの性格、背景、デザイン、実写にした場合の
カット割りやBGMまで、「主人公がこう歩いてきて、こう振り返って、そこで
雪が降ってきて、BGMカットイン」「あ、こういう曲でしょう?」口ずさむ。
「そうそれ!」「で、ラストの伏線につながる」「そこは、こうしたらどうですか?」
「あー、それでいく!」などと、
何も資料も見ず、お互いの頭の中に浮かんだことをアドリブでぶつけ合う。
時に、2人とも本気で笑い転げたこともありました。夜中なのに爆笑が止まらない。
時には、ぶつかることもありました。お互いのキャラへの思いが半端でなく、
譲れないと。「そのキャラクターはこうしない方が良い」「いや、逆にやることで
リアリティが出るんですよ」「いや、ダメ」というのが続いたりもする。

ジャズの即興演奏みたいな一発勝負が面白かったですね。
で、2人が盛り上がった話、想像力を刺激された話だけ、あとでどっちかが
まとめる。それを繰り返して、作品を作っていました。
それだけにお互いの見てきた映画やアニメ、マンガ、絵画などを知っておく、
共通認識できるように心がけていました。お互い、好きなものは違うんですが、
評価するものはほとんど一致していたので、こういうセッション方式が有効だったんですね。

評価するものも好きなものも一致していたら広がらなかったでしょうし、
評価するものが別だったら、価値観が違って、まとまらなかったでしょう。
「お互いのブロックサインを作りましょう」と同居するときに言っていましたし、
「お互いのストライクゾーン、世間一般のストライクゾーンを認識しましょう」とも
言っていました。いわゆる、僕の『創作の野球理論』ですね。

「ブロックサイン」は、野球でチームのメンバーだけが分かるサインです。
これを利用して、要するに「あの映画のあの場面のカメラの動き、編集の仕方」
のようなのをお互いインプットして、セッションのとき、すぐ分かるようにしようと。
いわば、「あのマンガのアレで」でもう、お互いイメージ作れるくらい。 

「ストライクゾーン」は、まさに野球のストライクゾーンそのまま、お互いの好きだと
思う作品の傾向、世間一般で売れている、人気になっている作品、だいたい、
あるんですね。内容やキャラクターデザインやビジネス展開、宣伝方法など、
おおまかな共通点があって、一定範囲に分布している。これを認識しておこうと。
「あ、このマンガは先輩好きだな」「姉魂、このキャラ好きでしょ」「この作品は
80年代の○○社の○○に似ている」など。

これを認識すると、ボール気味の企画やキャラクター、物語をわざと投げて、
アイディアを飛躍させられたり、可能性を探ったりできるようになるんですね。
たとえば、ジャンプ、サンデー、マガジン、チャンピオン、ガンガンでは、明確に
ストライクゾーンが違うんですね。まあ雑誌のカラー、編集方針、ターゲット層と呼んでもいいんですが、ストライクゾーンと呼ぶことで、立体的に考えられたんですよ。トキワ荘では。

ピッチャー、バッター、審判、観客、ベンチ、球団、マスコミいろいろな立場、見方が
あって、ボールゾーン好きなバッターもいれば、ストライクゾーンに投げてもあまり真ん中だと
ホームランされて観客にブーイングされることもある。

あまり企画やストーリーで、真ん中ストレートばかり投げると、「もっとひねってよー」と言われたり。
このひねりを利かせる、というのが野球で言うと変化球であり、緩急であり、
配球というやつですね。脚本でも最初から最後までクライマックスというのは
不自然ですし、緩急、構成が大事な事は言うまでもありません。
「落としとくか」のフォークボールが観客の予想を覆すミスリード、
内角をえぐるインコースが社会問題へ斬りこみ、
外角に外すアウトコースがギャグで一息、
高め直球は人気の出る記号を揃えた新キャラのテコ入れ、とでも例えましょう。

僕は頭の中でそうイメージしていくと、泥沼にはまらないで済みました。
先輩とはそういった話もしていましたねー。

 

共同生活のころ

今から4、5年ほど前、共同生活をしていました。
いわゆる同棲というやつですか。「映画でビッグになるぞ!」と、
相棒と部屋を借りて、「ここがトキワ荘だー!」宣言をし、
創作活動を開始。トキワ荘というのは手塚治虫先生、赤塚不二夫先生、
石ノ森章太郎先生、藤子不二雄先生たちが住んでいたあのアパートのこと。
それに倣って、まあ青春ですねー。社会人になってるのにやってましたねー。
相棒である高校の先輩と約2年間いっしょに住んでました。

最終的には仕事を辞めて、制作に専念し、東京の大手に売り込みにも行きました。
編集者の方にコーヒーご馳走してもらって、オリジナルで制作した地図まで出し、
作品の内容を力説して。
(このときは、マンガの企画を持っていってました)

あー、こういうのが持ち込みかー、と。
編集社から帰る道で、でっかいトランク抱えたまま、
「俺たちマンガみてえな人生だな」と2人で笑ったもんです。
『男はつらいよ』の寅さんがカッコいいと言って、先輩が大きなトランクを
提げて行っていたんですよ。

持ち込みに上京する前に「このトランクどう?」「宮沢賢治みたいで良いですね」
「でしょ?」と、中に大量の資料を入れて、持ち込みに臨んだわけです。

1人1部屋に住んで、昼夜別なく創作をしようと同居を始めたんですが、
合宿の延長みたいな感じで楽しかったですね。いろいろ教わることも多かった。
結婚する前に同棲しておいて良かったー、というのが正直な感想。
大学時代、一人暮らししていましたが、家族以外の人とこれだけ長く暮らしたのは、
初めて。後にも先にもこの時代だけでしたから。
あ、先輩とは結婚してませんよ?
同性でしたし。あと、ラブコメチックな展開には……想像してください(笑)。無いですよ。
まー、2Kのアパートに住んでたんですが、大量の蚊が襲来したり、近所の騒音が飛び込んできたり、
掃除して下さい事件や謎の宅配業者事件など、想像力を掻き立ててくれることが山ほどありました!

これらの事件は物語のネタとして、「お姉ちゃんがついてっぱい!」に順次、
出していこうと思っています。

 

 

キャラクター設定は楽しい~

キャラクター設定は楽しい。と同時に苦痛でもありますねー。
なぜなら、自分の発想力の限界を意識させられるから。 

文字で考えていると、限界が来てしまうんですよ。
シナリオもそうですね、僕の場合は。
天井に頭ぶつけるような感覚です。いずれにせよ、
縮小再生産に陥るのは避けないと。 

そんな時はイメージ法ですね。イラストや映像で考えると 、
そういうことにはならないんですね。不思議にも。
イメージボードは有用ですねー。

そりゃー、宮崎監督は凄いですよねー。
あの絵コンテも。